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2019年11月

2019年11月 5日 (火)

福島県浜通りは今どうなっているのか?

ハーバー・ビジネス・オンライン「原子力・核施設一挙訪問の旅2」 2019.08.18
https://hbol.jp/199625

 

Fukushima_prefecture

  福島県

Flexible_container_bag_minanisoma   

南相馬市の海岸に置かれたフレコンバッグ

 

 

(以下、抜粋)

いわき市から広野町、楢葉町を経て双葉町の間は、6号線を北上。線量計は、ずっと東京

都心より低い値を示してきましたが、富岡町に入ると目に見えて値が上がりました。それ

でも、1mSv/年=0.114μSv/時以下でした。

ところが富岡町北部に入ると、歩行者・二輪車は通行禁止。交差点には検問所。線量計は

5mSv/年=0.57μSv/時。ここに防護マスクだけの警備員が立たされています。

更に北上して大熊町に入ると建物は封鎖されており、交差点も封鎖されているか、検問さ

れていました。家屋などの震災被害は放置されており、地震による被災を今も残していま

した。
 放射線量は、大熊町中央台交差点での車内15mSv/年=1.71μSv/時を最高値として5mSv/

年(0.57μSv/時)を中心に常に1mSv/年(0.114μSv/時)以上と高い値を示していました。

約2mSv/yをこえると鳴るように設定してある線量計は終始鳴いている有り様で、やはり帰

還困難区域とその外とでは明らかに放射能汚染の程度が大きく異なりました。

福島第一原子力発電所前を通過し、双葉町に入ると、線量は大きく低下しましたが、それ

でも車内測定で1~5mSv/年(0.114~0.57μSv/時)でした。

Googleマップの衛星写真で見ても、富岡町など南側に比して、南相馬市でのフレコンバッ

クの多さは圧倒的です。これはやはり南相馬市は復興が早く、徹底した除染が行われたこ

とと、放射能プリュームが南相馬市南部を通過したことが関係していると考えるべきでし

ょう。

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